バイク事故と現場検証

 

昨晩、新潟での仕事を終えて、南相馬市へと戻る帰り道での話。

抜け道を良く知っている社長の車の後を追っかけて、私も車を走らせていた。
高速道路を新潟から二本松まで無事に走り抜けて、あと1時間半で南相馬市の自宅に
戻れるという少しホッとした時間帯でもあった。

国道4号線を走って行き、川俣町の方へ曲がろうとする直前、ちょうど二本松市から
福島市へ入った直後の事だった。
時間は午後7:55分ごろだったと記憶している。

前の方に左折レーンへの渋滞が見えた。
ほどなくして前を走っていた社長の車が減速するのが見えた。
社長の車のすぐ右手、道の中央には、携帯で電話をしながら倒れている人を
抱きかかえている男の人の姿が見えた。

どうやら事故が起こったようだ。

社長の車と合わせて道路の左端に停車させて、倒れている人の所に向かった。

大きな男の人がうつぶせ状態で頭を抱えながら倒れている。
血が飛んだ後があった。
被害者が車に轢かれるのを防ぐ為に体を起こそうとしながら、携帯で救急車を
呼んでいる第一発見者の男の人がいる。
その後に駆けつけた女性がいる。
僕たちが駆けつけて、すぐに誰かが発炎筒を道路上に焚いてくれた。

社長は即座に、被害者の元に駆けつけて、呼吸があるのを確認した。
そして、被害者を動かそうとしている第一発見者の人に動かさない事を指示した。
動かして、流血が気道をふさいだりする事があるので、呼吸が確認できたので
あれば救急車が車では動かさない方が良いとの判断だった。

これはバイクの事故だった。前方、300mぐらい先に大型バイクが横転していた。

社長の掛け声の下、私と社長ともう一人の人で道路中央に転がっているバイクを
道路わきに移動させに行った。後続の車が新たな事故を起こすのを防ぐための措置だった。
事故後の検証でバイクの向きが分かるように置いた方向にも気をつかった。

その後、社長より、発炎筒が被害者から割と近くにあるので、もっと遠い所にも
置くように指示されたので、それに従った。

その後、社長が被害者に寄り添って、「大丈夫か?」と話しかけ、「今、救急車
を呼んだから少し待ってな。」と励まし続け、被害者に手を握るように働きかけた。
相手の意識が「生」の側に留まらせるために大事な措置だったと思う。

正直なところ、駆けつけた人達はやる事が山積みで、軽いパニック状態に陥っており、
自分の役目を果たそうとはするものの、被害者や周りの交通に対しての適切な処置は
取れてなかったと思う。
2番目に駆けつけた女性も看護士さんのようだったが、被害者の脈を計るのに
精一杯で、その人を生かすために何をすべきかというところまで見えていないよう
だった。

このピンチの状況で、適切に判断して周りに指示を出しながら自ら動いている社長の
姿を見ながら、不幸な事故現場で不謹慎かも知れないが、私は「この人の側に居れば
死なない」と思った。何があっても死地は乗り越えられそうだと確信した。

その後、社長は被害者の身元を確認して親兄弟の所に連絡しようと身分証を探して
いるところに、被害者の会社の同僚が駆けつけたので、彼に連絡をしてもらった。
同僚の話によると、会社を出た後、横からスピードを出して抜いていく被害者の
姿が見えたと言う、その後、しばらくして、人が倒れているのとその先に転がっている
大型バイクを見て、被害者が自分の同僚である事を確信して戻ってきたという。

その後、救急隊が駆けつけて、被害者を搬送し、駆けつけた警察の支持の下、
第一発見者の人と現場検証に立ち会った。

どうやら、接触事故とかではなく、被害者が運転操作を誤って起こした自爆横転事故
らしい。
フルフェイスのヘルメットが脱げてしまった事も、被害を大きくさせた。
第一発見者の人は左折レーンを走っていたら、右横から火花を上げながら滑ってくる
横転バイクに追い抜かれた事で、事故に気づいて後ろを振り返ると倒れている人の
姿が見えて、車を停めて駆けつけたそうだ。

その後、携帯で救急車を呼びながら、被害者が後続の車に轢かれない様に、
後ろの車へ合図していたのに、多くの車は無視して脇をすり抜けて
走り去っていったようだ。
社長が数十m後ろで気が付いて、窓を開けて「バイク事故だ。手伝ってくれ」
と言う声が聞き取れて、状況がわかったので助けに入ったという事だ。
私などは被害者の所に来る直前まで、何も気づかなかった。
一人だったら通りすぎていたかも知れない。

しかし、不幸中の幸運だったのは、被害者に寄り添ってくれた第一発見者の人が
ベージュの服を来てて夜でも確認が出来たこと。
被害者は黒い服を着て道路上に横たわっていたので、彼がその場に駆けつけて
なかったら、後続の車に轢かれていた事だろう。

第一発見者の人も後続の車が全然とまってくれなくて轢かれるかと思ったと何度も口に
していた。
そして発炎筒を焚いてくれなかったら自分もどうなっていたかわからないと。

被害者はまだ25歳ぐらいの青年だ。
かなりの重症だったので生死の程はわからない。
息は確認できたが、だんだん弱くなってきたので心配ではある。
しかし、後続の車に轢かれなかったという運の強さはあるし、社長が事故現場に
出くわして救出にあたれた事も運の強さだと思う。
ここまで運が味方していろのだから、どうにか生きていて欲しい。

 

 

 

 

 

 

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