津波による被害小高区

災害復旧で、小高、鹿島、相馬に入って作業をしています。今現在は相馬にて作業をしていますが最初に行った時と今現在の状況は違うと思いますが作業内容と見た感じた感想を書きたいと思います。

小高区は海から役1キロくらいの集落の瓦礫の処理運び出しを行いました。自衛隊の小型クローラーダンプが一台僕とペアになり重機で積み込み運び出すという作業でした。放射能の為あの白い服を着てマスクをし現場にて作業をしましたが皆さんご存知の通り放射能値は低く何で?って感じでした。

住宅は基礎のみが残り、ほとんどの家がほぼ全壊状態で集落は全滅でした。ただし全壊住宅の近くでも地形的な関係でちゃんと残っている家もあり川や海の堤防は壊れ用水等もつまり凄いヘドロ様な匂いでした。

田んぼには、1メートル以上ヘドロや汚泥が積もっていて作業をしている重機が何台も泥濘にはまりました。それほど酷い状態でこの田畑は本当にどうするのか?と言う状態です。

自衛隊は本当に一生懸命でした。あの数の手作業勝負が無ければ綺麗にならなかったと思います。その作業中何度も自衛隊のヘリコプターが空中に、監視しているかのような飛行にはもの凄い嫌悪感と怒りが出てきました。一生懸命に泥だらけで風呂にも入れず働いているのにいつも現場で働いている人達を踏みにじるのは上層部。東電も自衛隊も、国の役人も一緒です。

かわいかった豚達は突然殺されました。新聞やニュースには何も出なかったみたいです。犬達も数匹いましたがどうなったか分かりません。

学校の裏庭が瓦礫の仮説置き場になっていました。小高区は立ち入り禁止地区なので家はあっても人がいなく本当にゴーストタウンでした津波や地震による被害無いのない家もいっぱいありその家々を見ると寂しかったです。